REPO MAN

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センチュリーやプレジデントなどのショウファー・ドリブンを除けば、セドリック・グロリア、クラウンは長らく昭和のパーソナル・セダンのヒエラルキーの頂点に位置していた。 ”いつかはクラウン”のキャッチのもと、カー・セールスマン達は日本の経済成長とともに豊かになっていくサラリーマン家庭に日参し、買い替えのたびに 格上のセダンを売り込んだ。給料が手渡しだったせいか、まだお父さん達は比較的えらかったので、ミニバンだ、SUVだ、という家族サイドの潜在的要望を制圧することができていた時代だ。 そもそもそんなジャンル発明されてなかったし。

カタログの筆頭に登場する最上級グレードには豪華さや高級感を演出する装備が随所にちりばめられていた。昇進したてのご主人の自己顕示欲をくすぐる分かりやすい高級感の演出は、今からみると少々痛くもあるが、 セールスする側としても、いかに余計なオプションを付けて、いかに高いグレードの車を売り込むかが日是だったから、こうして両者のニーズの一致のもと 凝った名前の新しい上級グレードがモデルチェンジの都度生まれていった。高級車としての上級セダンは、だからめざすべき峰として常に”高級”であることが商品としての生命線だった。

80年代のバブルの絶頂期には上位グレードの発明だけでは追いつかなくなり、ハイソをスピンオフしたシーマなんていう車種が日産からリリースされたりした。トヨタはと言えば北米市場向けだったレクサスを国内に持ち込んだセルシオで対抗した。レクサス、イニフィニティ。新しいプレミア・ブランドまで創ってみた。衣食足りた日本人が売る方も買う方もそれなりに真面目に”プレミアム”の具現化を模索・追求していた時代だった。

そんなプレミアム志向絶頂期の80年代のグロリア(430)のカタログをめくってみる。最上級グレードの280Eブロアム・ハードトップの紹介からはじまるのは定石通りだが、一通りのグレードが写真とともに紹介された後に欄外に何か注記コメントがある。

”● 他に、スタンダードもございます”

なぜか日産もトヨタもセド・グロ・クラウンの基本グレード(要するに最低グレード)をそう呼んできたが、とてもまじめに売る気があるとは思えない扱いだ。実はスタンダードはセドリックやクラウンの誕生とともに既に存在した由緒正しいグレードで、例えばセドリックの歴史はスタンダードとデラックスからはじまった。しかし、日本経済の成長とともにカスタムだのロイヤルだのスーパーだのエクセレントだのブロアムだのと急速なインフレが進むグレード構成の中で、スタンダードと言う原始グレードはいつのまにか”高級車”とは自己矛盾する存在となっていた。”高級車”の”最低”グレード、言ってみれば、高級車から”ステータス感”を演出する装備の一切を取り払ったらこうなります、というグレードだから、まあステータスを買い求める購買層に売る車ではないことは確かだった。でも、それではなぜ、そんな低級セダン・グレードの設定は存続され、販売され続けてきたのか。

実はこのスタンダード・グレードは”セダンのかたちをした働く自動車”のベース車両として、長い歴史と安定したマーケットが存在してきた。 パトカー、タクシー、教習車、自衛隊、官公庁、自治体の公用車両、こうした公的な使用においては、その公共性や保守性から、コンベンショナル(=お約束通り)なデザインのセダンのかたちが好まれ、かつ ”豪華さ”や”奢侈”な印象を与える装備をそぎ落とすことが求められた。その一方、プロの仕事道具として、耐久性、整備性、経済性など実用性能が厳しく問われた。余計な装備はとことんそぎ落とし、そのデザインはどこまでも没個性、その名のとおり究極の”普通”の外観をまとって街の景色にとけ込み、任務を全うする。最先端の機能を追うよりは長年の実績で証明された信頼性、耐久性のある機構(要するに板バネ)を採用し、厳しいプロの現場の使用条件に応えてきたのがこのスタンダード・グレードだった。

こうした適性はレースやラリーの車両に求められる資質にも共通するものがあり、実際、初期の4枚セダンのストックカーレースではスタンダードが好んでベースに選択された。考えてみればレース車両はその目的のために余計なものをとことん切り詰めるた”究極の業務”用自動車と言える。交通機動隊、道路公団向けに用意されたポリスパッケージにもスタンダードのボディ+大排気量エンジンの組み合わせが採用された。その外観の粗末さ、質素がかえって不気味な迫力をかもし出す点は、70年前後に米車でさかんに製造されたホモロゲーションモデルや国内でいえばZ432Rのようなレース専用設計車両にも通じる独特のオーラを放っている。

気が付けはどこまでも個性的デザインを追い求め、これでもかという過剰な装備を詰め込んできた車業界のトレンドに食傷ぎみの我々にとって、このスタンダードのストイックで潔いポジションは今とても新鮮でクールに映る。このグレードのもうひとつの宿命とも言っていい特徴は、現役時代は街中に溢れているが、モデルチェンジや法定の耐用年数を経過すると一斉に姿を消してしまうことだ。思い入れの対象としてのオーナ・カーではないし、輝かしい歴史をもつレース・カーでもなく、現役を退けば即スクラップ、よくて中東・東南アジア送りの運命が待っていた。だからこのグレードをこよなく愛するコアなファンは根強く存在するが、実際に市場に出回っている中古車の玉数は極めて少ない。結果、皮肉なことに今、旧車マーケットではスタンダードの方が”プレミア”だったり”ステータス”だったりする。

昭和のパーソナル・セダンの雄として、かつて隆盛を誇ったセドリック・グロリアは2004年で製造を終了したとされているが、このスタンダードの系譜を継ぐ営業車両向けセドリック・セダン(Y31)は2009年現在でも製造・販売が継続されている(但しLPG仕様のみ)。やはり昭和のコンベンショナル・セダン、セドリックの本流はスタンダードだったのかも知れない。希望すれば法人ユーザでなくても新車を日産から購入することが可能だ。

 

 

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